価値探究の道

投資や競馬の世界で儲けを追求するに世間で思われている価値と実際の価値のギャップを見つけること。そんな思いで書かれたブログです

「バランス」を考えるようになったのは

ブログのタイトルで、「お金・健康・人間関係」に恵まれたと書かせていただいた理由が私がその状態に憧れていたからであることは前回書かせていただきました。もうひとつタイトルであるバランスの取れたを書かせていただいたのは、私が3つとも欠いた状態にあった時に仕えた、上司の姿を見てのことです。

前回のブログで営業に戻った時に、上司と相性が合わなかった事を話しましたが、その上司は当時出世頭と言われた方で、確かに仕事は出来た方でした。

ただ人間面では少し問題の抱えた方で、私以外の同僚とも揉めていましたし、ご家族との中も悪く当時単身赴任中であったにも関わらず、ほとんど家に戻る事はなかったような状況でした。(当時独身であった私に対して「結婚は人生の墓場」だと言っておられた記憶があります)。

私から見ると、お金や健康面では問題を抱えていなかったのでしょうが、仕事で出世を求めるあまり家族を含めた人間関係はあまりよくなかった、当時の上司を私は幸せな人と見る事が出来ませんでした。

その後私は、その相性の合わない上司から、放出されるような形で異動することになった私の上司となった方は、当時会社の根幹であるITシステム構築された部長で、仕事も出来るのですが仕事振りも強烈な方でした。

夜8時に見せた資料の全面見直しを次の日の7時迄に要求されたり、日曜出勤は当たり前。仕事面のスキルを上がったのは今でも恩義を感じていますが、最初の半年は体がついていきませんでした。併せてその部長も時折原因不明の頭痛で休まれる事が多い等、健康面で問題を抱えておられました。

いま例に挙げた二人の上司は、仕事の出来る方でしてので、金銭面では問題を抱えていることはなかったと思います。ただ、諺に言う「過ぎたるはおよばざるがごとし」ではありませんが、経済面での成功を達成する代わりに、人間関係や健康を犠牲にされていたように思えました。

今の経済状況では、お金によって解決する事がほとんどですので、人生の第一義としてお金を目標とすることは間違いではないと思います。

ただ、仮にお金に恵まれた状態であったとしても、人間関係や健康を損ねては意味がない、目指すのは3つとも恵まれた状態にあることに戒めを込める意味でタイトルに「バランスワーカー」と言う言葉を入れることにしたのです。